はじめに
「1級建築施工管理技士を取得すると転職に有利になる」 「資格手当が付くから取得した方が良い」
建設業界ではよく聞く話です。
しかし、なぜ会社がこれほどまでに1級建築施工管理技士の取得を推奨するのか、その本当の理由まで理解している人は意外と多くありません。
実は建設会社には、会社の実力を数値化する「経営事項審査(経審)」という制度があります。そしてその評価の中で、1級建築施工管理技士や一級建築士は、会社の競争力そのものを左右する重要な存在として扱われています。
私は建設会社の総務・人事部門で経審資料の作成や技術者管理に長年携わってきた経験から、今回は、
- 経審とは何か
- P点とZ点とは何か
- なぜ会社が資格者を求めるのか
について、技術者目線で分かりやすく解説します。
この記事を読み終える頃には、なぜ資格取得が自分自身の市場価値向上につながるのか、求人票の裏にある「会社から必要とされる本当の理由」が深く理解できるはずです。
経審とは?建設会社の実力を数値化する「国の通信簿」
経営事項審査(経審)とは、国や自治体などの公共工事を元請として受注したい建設会社が必ず受けなければならない審査制度です。
学校や庁舎、道路などの公共工事は、国民の税金で建設されます。そのため国や自治体は、発注する前に企業に対して以下の要素を客観的に審査しています。
- 経営が安定しているか(倒産リスクはないか)
- 十分な技術力があるか
- 法令を遵守しているか
経審は、全国の建設会社を同じルールで厳密に評価する仕組みであり、まさに「会社の通信簿」と言える存在です。
しかも、経審の審査結果はすべて一般公開されています。つまり、会社のホームページや求人票の文面だけでは見えない「企業の本当の実力」を、誰でも無料で確認することができるのです。
技術者が見るべきポイントはP点とZ点だけ
経審の結果通知書を見ると、多くのアルファベットや数字が並んでいて一見複雑です。しかし、技術者としてまず見るべきなのは、次の「P点」と「Z点」の2つだけです。
【経審の基本項目】
- P点: 会社の総合力(総合成績)
- Z点: 技術者の力(元請完成工事高、技術職員数と保有資格)
この2つの数字の意味を、もう少し詳しく噛み砕いていきましょう。
P点とは会社の「総合成績」
P点(総合評定値)は、完成工事高、経営状況、技術力、社会性などを総合評価した最終得点です。一般的に、スーパーゼネコンは非常に高いP点を持ち、地域の有力地場ゼネコンでも900点~1300点前後の範囲に位置することが多くなります。
公共工事の入札に参加する建設業者では、このP点が高い会社ほど自治体から高い格付け(Aランク、Bランクなど)を受けやすくなります。
格付けが高ければ高いほど、大型公共工事への参加、高額案件への入札が可能になります。つまり、P点が高い会社ほど、安定して大型案件を受注できる体力を持っている優良企業であると言えます。
Z点とは「技術者の力」
ただし、Z点は単純な資格者数だけで決まるものではありません。技術職員数と元請完成工事高の両方が評価対象となります。
特に建築一式工事では、1級建築施工管理技士や一級建築士などの有資格者数が大きく影響するため、実質的には「会社がどれだけ優秀な技術者を確保しているか」を示す指標として見られています。
元請完成工事高については、例えば元請工事が多い会社と下請中心の会社では、元請工事比率の高い会社ほど施工管理能力が優れていると判断されます。
また建築一式分野の技術職員数において、このZ点を大きく左右するのが国家資格です。
経審では、技術者が持つ資格や状態ごとに以下のように厳密な評価点が設定されています。
【経審における技術職員の評価点】
- 6点: 1級建築施工管理技士 または 一級建築士で監理技術者講習の受講者
- 5点: 1級建築施工管理技士 または 一級建築士
- 4点: 1級建築施工管理技士補 + 主任技術者要件を満たす者
- 2点: 2級建築施工管理技士、二級建築士、または実務経験で主任技術者と認められる者
つまり、社内で資格を持つ技術者が増えれば増えるほど、会社のZ点がダイレクトに上がり、結果として会社全体の総合成績であるP点も大きく上昇する仕組みになっています。
※参考記事:1級建築施工管理技士と一級建築士どちらを目指すべき?

なぜ会社は1級建築施工管理技士を欲しがるのか
ここからが本題です。
総務・人事の立場で見ていると、社内で1級建築施工管理技士の合格者が1人増えるだけで、経営陣や総務部が大きく沸き立つことがあります。なぜでしょうか。
それは、建設会社の経営において以下のような確固たる方程式があるからです。
『 資格者の増加 ➔ 会社のZ点上昇 ➔ P点(総合点)上昇 ➔ 公共工事の入札で有利 ➔ 受注・売上の増加 』
公共工事の入札制度では、企業のP点をもとに「Aランク」「Bランク」といった厳格な格付け(ランク分け)が行われます。そして各自治体から発注される工事は、「〇億円以上の工事はAランク企業のみ入札可能」というように、ランクによって参加資格が明確に制限されています。
つまり、経審の点数がわずかに足りず格付けが下がってしまうと、会社にとっては「今まで参加できていた地元の大型工事の入札に、そもそも参加すること(土俵に上がること)すらできなくなる」という死活問題に直結するのです。
ですから、1級建築施工管理技士が1人増えることは、単に現場を任せられる人が増えるという個人の話に留まりません。会社にとっては、「他社との受注競争力を直接的に高めてくれる、極めて重要な経営資源(資産)が増える」という非常に大きな意味を持っているのです。
だからこそ、公共工事に真剣に取り組む地域の優良地場ゼネコンは、高額なコストをかけてでも、手厚い資格取得支援制度、受験費用の全額補助、毎月の資格手当を備えて、有資格者の育成と確保を経営上の重要課題として位置付けているのです。
実際に会社の経審を調べる方法
就職や転職活動をする際、各企業が真剣に作成した求人票を読み込むことは企業研究の基本であり、非常に重要なステップです。
その上で、求人票から得られる情報に加え、国が公表している「経審データ」という客観的な指標を掛け合わせることで、その会社が地域でどのようなポジションにあり、どれほど強固な技術基盤を持っているのかを、より多角的に、深く理解できるようになります。
CIIC(建設業情報管理センター)で会社名を検索する
一般財団法人 建設業情報管理センター(CIIC)が提供しているウェブサービスでは、全国の経審結果を誰でも簡単に確認できます。調べ方は非常に簡単で、サイト内で「検索したい会社名」を入力するだけです。それだけで、
- 最新のP点(総合評定値)
- 完成工事高(売上規模)
- 現在の技術職員数
などの公式な確定データをすべて閲覧することができます。
技術者が転職前に比較・チェックしたいポイント
就職や転職活動を行う際は、求人内容や企業の公式サイトを確認すると同時に、このCIICのデータを使って、同じ地域の競合会社と以下の項目を比較してみましょう。
- P点(総合評定値)が地域の他社と比べて高いか(安定しているか)
- 1級クラスの有資格者(技術職員数)がしっかりと集まっているか
- 元請完成工事高比率が高く、元請としての完成工事高が右肩下がりにならず安定しているか
【さらに一歩踏み込む】自治体の「入札参加資格一覧」もチェック!
こちらはCIICのデータとは別になりますが、各都道府県や市役所のホームページで公表されている「公共工事入札参加資格一覧(有資格者名簿)」を確認するのも大変おすすめです。
この名簿を見ることで、その会社が地元自治体から現在どのような「ランキング」や「格付け(Aランク、Bランクなど)」を受けているかを、地域の発注者目線のリアルな評価としてダイレクトに確認することができます。
求人票から得られる情報に加えて、これら「国の経審データ」と「地元自治体の格付け」という2つの客観的な数字を掛け合わせるだけで、会社選びの精度は間違いなく劇的に向上します。
※参考記事:「経審」で見抜く、監理技術者として人生を取り戻すための“地場ゼネコン選び”

AI時代でも1級建築施工管理技士の価値が下がらない理由
近年、建設業界でもAIやBIMの活用が急速に進んでいます。図面作成の補助や工程表の作成、煩雑な書類作成などは、今後ますますAIが得意とする領域になっていくでしょう。
そのため、「AIがもっと発達したら、施工管理技士の仕事や価値はなくなってしまうのではないか?」と不安に感じる人もいるかもしれません。
しかし断言しますが、AI時代になっても1級建築施工管理技士の価値が下がることは絶対にありません。
なぜなら、公共工事を受注するために必要な「国のルール(経審)」において、国が評価するのは「最新のAIを導入している会社」ではなく、「1級建築施工管理技士や一級建築士などの国家資格を持つ人間が何人籍を置いている会社なのか」だからです。
たとえAIが完璧な工程表を作成できたとしても、その現場の品質・工程・安全を最終的に管理し、法律上の責任を負うのは国家資格を持った技術者(人間)だけです。また、監理技術者や主任技術者として現場に配置できるのも、法律上、人間しか認められていません。
つまりAIは、技術者の仕事を奪う天敵ではなく、現場を効率化するための「便利な道具」に過ぎないのです。
仮にAIが図面を作成し、工程表を組み、書類作成を自動化したとしても、経審においてAIは技術職員1人としてカウントされません。一方で、1級建築施工管理技士や一級建築士は、今後も会社の経審評価を高める重要な存在として点数化され続けます。
会社の経審評価を高め、公共工事の受注力を根底から支えるのは、今もこれからも国家資格を持つあなたという存在です。だからこそ、これからのAI時代においても、1級建築施工管理技士の価値はなくならないどころか、他者と圧倒的な差別化を図るための最強の武器になり続けるのです。
※参考記事:一級建築士と1級建築施工管理技士はどっちを目指すべき?監理技術者を目指す人のためのAI時代の資格戦略

この先目指すべきは「監理技術者」
現場監督としての1級建築施工管理技士や一級建築士が会社から高く評価される理由は、最終的に「監理技術者」として大規模な現場を統括できるからに他なりません。
実は、経審で高く評価される技術者の多くは、最終的に監理技術者として現場を任される人材です。会社が1級建築施工管理技士や一級建築士を求める本当の理由も、単に資格者数を増やしたいからではありません。大型工事を安全に完成させ、会社の信用を守り、次の受注につなげられる監理技術者を育てたいからです。
【監理技術者のポジション】
- 地域を代表する大型工事の中核を担う
- 会社の受注能力と格付けを直接支える
- 建設業界において、大規模工事を統括する責任ある技術者である
という誇り高きポジションです。
つまり、試験に合格することはゴールではありません。あなたが「監理技術者」として建設業界の中心で堂々と活躍するための、強固なスタートラインに立ったことを意味するのです。
もし現在の勤務先で資格取得支援制度が乏しい、あるいは監理技術者として成長できる環境が見えない場合は、資格者を積極的に評価する地場ゼネコンへの転職も有力な選択肢の一つです。
参考記事:「令和10年度までが勝負!1級建築施工管理技士の最短合格法と優良地場ゼネコンの見抜き方」

🚧 【将来公開予定の記事】 監理技術者になるには?資格・実務経験・登録手続きまで徹底解説
まとめ
1級建築施工管理技士は、単なるペーパーライセンスではありません。会社にとっては、「Z点向上」「P点向上」「受注力向上」に直結する、喉から手が出るほど欲しい最重要の経営資源です。
満19歳になる年度の、建築施工管理に興味を持っている学生や新人・若手技術者の皆さんはもちろんのこと、これまで現場で泥臭く実務経験を積み上げてきて、すでに主任技術者として施工管理の確かな実力を持っている中堅・ベテランの現場監督の皆さんも、まずは第一次検定合格による「1級建築施工管理技士補」の取得を全力で目指しましょう。
特に豊富な経験を持つ中堅・ベテラン技術者にとっては、旧制度の経験年数がそのまま活かせる「令和10年度までの経過措置期間」を有効活用し、一刻も早く試験に挑戦しておくことが、今後のキャリアを守る上で極めて重要になります。
企業のホームページや求人情報から伝わる「経営の想いやビジョン」を大切に受け止めつつ、経審の数字という客観的な指標や、県や市の入札資格参加一覧からもその安定性を確かめる。そうして多角的な視点を持つことで、より自信を持って自分の進むべき道を選び取ることができます。
経審の数字から会社の実力を見抜く力を身につける。そして、自分自身も資格という形で実力を証明し、会社や地域から必要とされる監理技術者へ成長していく。それこそが、AI時代においても揺るがない建設技術者のキャリア戦略ではないでしょうか。


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